最近、本や映画で、戦争時代に生きた若者たちの生き方について、触れる機会があった。

妻を子を大切に思いながら、最期に会うことも、声を聞くことも叶わず、特攻で亡くなって行った人たち。

夫を亡くした後も、必死に子供を育て、強く生き抜いた女性たち。

彼らが諦めなかったから、今の私がいるんだろうな。

当時の若者たちは、自由な恋愛なんて出来なかった。相手だって、親に決められたのかもしれない。

結婚生活も短いもので、大切に想ってくれてるかどうかも、遺書を読むまで実感なんて無かったかもしれない。

寂しいとも言えず、愛してるとも言えず、ただ耐えて、耐えて、届かなくても、相手を大切に想い、子供を守り…

どんな気持ちで、待っていたんだろう。
どんな気持ちで、家族を置いて散って行ったんだろう、と。

今の私たちは、贅沢過ぎるのでしょうか。
愛する相手を、選り好みし過ぎなのでしょうか。

タイプだとかタイプじゃないとか、そういうのを超えた愛情を、昔の人たちは持っていたのかな…

守るべきものを守る
守りたいものがあるから生き抜く

そんな強さを、見習いたい。

ペットは家族です。ペットがなくなる悲しみは家族が無くなるのも同然です。

Wikipediaさんによると

「ペットは、人の心を和ませたり楽しませてくれる、といった理由で人が飼っている動物のことである。

人はペットとの様々なやり取りを楽しんだり、その姿や鳴き声などを鑑賞したりする。

ペットの歴史は古く、ネコは古代エジプトの時代から現在のペットのような位置づけや、鼠の駆除などの実用目的で飼われていたことが推測されている。

また、犬に関しても、太古の昔から、実用と愛玩目的も兼ねて飼っていたことが推測されている。」

とあり、元々は実用目的で飼われている動物を指すようですが、私はこの「ペット」という言葉も好きじゃないな。

飼ってやっている的な表現というか、言葉というか。

だって一緒に生活しているんでしょ?だったら飼ってやっている的な表現ではおかしいと思う。

もちろん、表現の自由かも知れないけどなんかしっくりこない。

私の持論で申し訳ないですが一緒に生活をしている動物たちはみんな家族です。

殆どの人が小さな赤ちゃんのころから一緒に生活して、ミルクをあげたり、お風呂に入れたりして生活の一部を共にしているんでしょ?子供の赤ちゃんも同じですよね。自分の子供が成人して手を離れたら子供の代わりに犬や猫を飼う方もいらっしゃるくらいですから、家族同然どころか時には地の繋がった家族以上の絆でつながっていると思います。

人間の家族には恥ずかしくて面と向かって言えないことも、犬や猫を相手にこっそり愚痴る時もありますよね。

人って不思議なもので相手にアドバイスを求めるとかでなくただ単に聞いて欲しい時ってのがあって、そういう時はむしろ変に喋る人間ではなく黙って見つめてくれる動物たちの方が良い場合ってありますよね。

 こうして自分の心の支えになってくれたり、癒してくれたりする動物がいなくなってしまうのは本当に辛いことです。

家族を失うことと同じなのですから。

家族を失うのですから、なくなった場合は私はちゃんとお葬式をしてあげます。

ペットのお葬式ってあるんです。
知っていましたか?

「○○ロス」という言葉が世間を賑わした時期がありますがまさにこの「○○ロス」の状態が起こりうる時代なんですよね。

オンライン人狼

今更ながら最近、オンラインの人狼が楽しくて楽しくて・・・。^^

チャット形式で、見ず知らずの人と、掲示板にセリフを投稿する形で進んで行くゲーム。

声も顔も分からない相手は、社会人もいるけど、実は女子高生だったり、中学生だったり…。

うまく説明できないんだけど、
口調とか話し方とか色々ロールプレイしながら、村人役やったり、狼役やったり・・・

すごい楽しい☆☆

1週間くらいかけて勝負がつきます。

発言する時間帯は自由。

夜の決まった時間には、役職によっては、なるべく発言しなきゃいけないけど。

他の人の発言だけ見て、誰が嘘をついているのか、誰が味方なのか判断します。
相手の矛盾をつき、自分の潔白を証明し・・・
相手チームと戦います。

頭を使います。

ハマリます☆ ハマってます☆

場合分けとか数学的頭を使います。
この、微妙に頭使うところが心地よい。

すっごい楽しい☆ ^^
久しぶりにハマった・・・